【BiowareのAnthemはどこで間違えたのか?】開発内部暴露記事が公開される

こんにちは。昨日午前11時頃、海外KotakuにてAnthemの開発に関する経緯や内部事情を暴露する記事が公開されました。

この記事ではAnthemおよびBioware関係者による、あらゆる内部事情が暴露されています。どうしてAnthemがここまで中途半端な未完成作品として発売されてしまったのか?その影にはあらゆる人々の苦悩と、明確なビジョンのない開発方針、使い勝手の悪いフロストバイトエンジン、EAや競合ゲームからの大きなプレッシャー、そして最後にはなんとかなるという盲目的な信仰がそれを許してしまったそうです。

開発者たちの苦労は相当なものですね。リーダーはコロコロ変わり、ストーリーはギリギリまで決まらず、2017年のE3で公開したものは完全なまがい物だったとのこと。

この記事はとても読み応えがあり面白いのですが、非常に長い上に全編英語なので、適当に翻訳してみました。だいたい3万字です。

BiowareのAnthemはどこで間違えたのか?

Anthemと呼ばれてすらいなかった。2017年6月、毎年恒例のE3コンベンションのほんの数日前、名高いスタジオであるBiowareが最新のゲームを発表する際、当初は"Beyond"という別のタイトルを付けていく予定だった。彼らはスタッフのために"BeyondTシャツを作ることすらあった。

それからBiowareの親会社であるエレクトロニック・アーツがロサンゼルスで開催した記者会見の1周間前にも、商標権を確保するのは難しすぎるとの意見があった。Beyondというタイトル案は却下された。経営陣はすぐにバックアップ案のひとつであるAnthemに切り替えた。しかしBeyondは、砦の壁を越えて危険な世界へ赴く、というBiowareがゲームに望んていたものを表していたが、Anthemというのはあまり意味がないものだった。

「誰もが、"それは意味がない、何の関係があるのか"と言っていました。」Biowareのチームは、ゲームが発表されるちょうど数日前に、誰も本当の意味を理解できないような、全く新しい名前をゲームにつけた。

このような土壇場での激変は外から見ると奇妙に思えるかもしれないが、Anthemではそれが普通だった。Biowareの最新ゲームは2012年中頃に初めて公の舞台に立った。しかしオンライン協力プレイシューターの開発には何年も費やされたが、本格的な開発以前の作業に悩まされ、うまくいったことはほとんどなかった。発売の数ヶ月前まで多くの機能が完成も実装もされていなかった。そしてプロジェクトに取り組んだ一部の人は、Anthemが2年前のE3(2017年6月)デモで発表されるまで、どんなジャンルのゲームなのかさえ分かっていなかった。ゲーム内の惑星は世界中の環境を変えてしまう天変地異をもたらす、強力で神秘的な力である"創造の讃歌"と呼ばれるものに包まれていた。

Anthemが2019年2月に発売したとき、ファンと批評家によって一蹴された。今ではレビュー集約サイトであるMetacriticで55という低スコアを記録し、かつてドラゴンエイジやマスエフェクト三部作のような野心的なRPGで知られていた開発者は、2017年のできの悪いマスエフェクト・アンドロメダに続いて、2つの致命的な失敗を残してしまった。熱狂的なファンはBungieのDestinyがゲームを修正し、やがて大成功を収めたのと同じことをBiowareに期待したが、最初の発売時にほとんどの人は満足しなかった。Anthemはただバグだらけなのではなくコンテンツ不足だった。他のルートシューターをプレイした経験のある開発者によって十分な調整をしていなかった事もあり、中途半端な出来になった。発売後数週間、毎日のように大きな問題が発生した。

ファンはAnthemがどうしてそこまで悪くなったのかについて、無限に推測した。それはもともと前のBiowareが作っていたような、シングルプレイのRPGだったのか?EAがBiowareにDestinyのクローンを作るよう強制したのか?彼らはあとでDLCとしてコンテンツを販売するために、いい部分を取り除いたのか?戦利品システムは、ゲームにもっと課金できるように、ひそかに精巧なAIシステムによって制御されているのか?

これらすべてに対する答えは「いいえ」である。

このAnthemの開発の詳細は、ゲームに関わっていた、またはゲームに携わっていた19人の人々(Anthemの開発について話す権限がないので、匿名が認められている)へのインタビューに基くものである。

これはEAのフロストバイトエンジンによって多くのBioware開発者が悲惨な人生を送る事となり、人手不足のチームが求められた事を達成するのに苦労した"技術的な失敗"の物語であり、緊張し偏った関係のせいで互いに憤慨していたカナダのアルバータ州エドモントンとテキサス州オースティンにある2つのスタジオの物語であり、7年近く開発されていたが、大きなストーリーの白紙化、大規模なゲームデザインの見直し、そして一貫した視点を持つことができず、フィードバックに耳を傾けないリーダシップチームによって最後の18ヶ月まで製作に着手できなかったビデオゲームの物語である。

だが最も憂慮すべきなのは、危機に瀕しているスタジオについての物語だろう。過去2年間に何十人もの開発者がBiowareを離れた。そのうち10人がベテランの開発者だった。エドモントンにあるBiowareの事務所で働いている人の中には、うつ病や不安について話す人もいる。多くの人が同僚たちが精神的な問題のために「ストレス休暇」(医師により数週間または数ヶ月の休暇を命じられる)をとらなければならなかったと言う。あるBiowareの開発者は頻繁にオフィスの個室を見つけ、ドアを閉めてただ泣くだけだったと私に話した。「みんなずっと怒っていたし、悲しかった。」と彼らは言った。別の言い方では、「うつ病と不安はBiowareの流行だった。」とも。

「私は、マスエフェクト・アンドロメダやAnthemで起きた"ストレスによる死傷者"の数を数えられなかった」とBiowareの3人目の元開発者はメールで述べていた。「Biowareの"ストレスによる死傷者"とは、過去1~3ヶ月間にストレスや精神的な問題で去っていった人の事です。何人かは戻ってきますが、ほとんどは戻りません。」

EAとBiowareはこの記事についてコメントを控えた。※最後に追記があります。

Biowareで働いていたか働いた事がある人の中には、何か劇的な変化が必要である、という信念があった。同社の多くの人は、2014年のドラゴンエイジ: インクイジションの成功が最悪の出来事であったと愚痴を言う。2014年のゲームアワードでゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞したドラゴンエイジの三作目は、遅い決断と技術的な困難に悩まされた酷い制作過程の上にできたものだった。ゲームのほとんどは開発最後の年に作られた。これは長時間の拘束と多くの疲労に繋がった。とあるBiowareの元開発者は「エドモントンの人々の数名は、燃え尽きていました。」と語った。「彼らはこんな状態でゲームを作るのは間違っていることを認識させるために、ドラゴンエイジ: インクイジションが失敗すればいいとさえ思っていました。

スタジオ内には、"Biowareマジック"と呼ばれる用語がある。これはゲームの製作仮定がどれだけ粗いものであっても、最後の数ヶ月には必ず収束するという信念だ。ゲームは常に堅固になる。それはマスエフェクト三部作、ドラゴンエイジ: オリジン、そしてドラゴンエイジ: インクイジションで起きた。ベテランのBioware開発者は、プロダクションをホッケー用スティックと呼ぶのが好きだった。しばらくは動きがないが、突如にして上昇するためだ。プロジェクトが完全に災害に見舞われていると感じる時でさえ、十分な努力と十分な困難を伴えば、それは全てうまくいくという信念があった。

しかしマスエフェクト・アンドロメダとAnthemが失敗という形で注目を集めた後、現在、そして以前のBioware社員は、この信念はもはや機能していない事を思い知らされた。近年、Biowareは最高のRPG開発会社としての評判に大きなダメージを受けた。ホッケー用スティックというアプローチは、もはやうまくいかないかもしれない。あるいはそもそもそうした制作方法が真に続くものではなかったのかもしれない。

ただひとつ確かなことがある。AnthemのBiowareマジックは無くなってしまったということだ。

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初めに、彼らはそれを"ディラン"と呼んだ。2012年と2013年の終わり頃、マスエフェクト三部作を完成させたBiowareディレクター、ケイシーハドソンと長年のマスエフェクト開発チームが、ビデオゲームのボブ・ディランを目指そうと取り組んだプロジェクトのことだ。Biowareの中でさえそれは謎のプロジェクトだった。それに関わったある人によると、共同文書にアクセスするためにパスワードが必要だったという。チームはしばらくの間小さいままだった。これはBiowareのスタッフの大部分がドラゴンエイジ: インクイジションに携わっていたからだった。2014年末までに発売するため、全員を船に乗せている必要があった。

プロジェクトに参加していた人たちによると、"ディラン" (わかりやすいようにAnthemと呼ぶ)の初期アイデアは野心的で、絶えず変化していた。 このような"構想"の段階ではよくあることだが、ゲームがどのようなものになるのか誰にもわからなかった。 ただそれは確かにアクションゲームであり、友達と一緒にプレイできるようなものだった。目標は伝統的なSFとファンタジーから脱却することだった。これにより、マスエフェクトとドラゴンエイジから区別されるだろうと思われた。

すぐ浮かんだアイデアのひとつに、危険と天変地異に満ちた惑星という考えがあった。Anthemは敵対的な異星人の世界になるだろう、そして外に出かけるためには、ロボットスーツが必要だとされた。NASAに触発された現実的なロボットスーツだ。方針はシンプルだった。アイアンマンのようだが、そこまで漫画チックではないもの。NASAの要素が強いもの。

画像(Artstation)

何ヶ月にもわたって、中心となる構想が具体化し始めた。Anthemの惑星は宇宙のバミューダ・トライアングルのようなもので、絶え間ない重力が宇宙船や危険を引き寄せているというものだ。結果として、世界は危険な生物と環境で溢れる事となった。「プレイヤーは食物連鎖の最低にいて、全てが自分よりはるかに強力なんです。」とゲームに携わっていたある人物が言った。Anthemの初期構想を繰り返し説明するとき、開発者はダークソウル、ダーケストダンジョン、さらにはシャドウ・オブ・ザ・コロッサスと比較した。世界には巨大で恐ろしい生き物がおり、プレイヤーの目的はどれだけ長く生き残ることができるかを試すものだった。ある試作品では、巨大な生物に張りつくこともできた。他にも大気、天候、環境への影響などが中心となった。

「内部で引くことができるレバーがあって、常に様々なイベントが発生する可能性を考えていました。」と開発者は言った。「プレイヤーはどこかへ行くとします、すると電気の嵐がランダムに起こるので、生き残らなければなりません。レバーを引くことで夏から冬へ、そして秋へと変えることができるという、動的な環境を初期にデモンストレーションしました。雪が地面や木におりていくのを見たことがあります…そして実際にデモンストレーションされているビルドがありました。私達が実際に成し遂げた何かを、みなさんは見ることができました。」

私達は、Biowareが無題のゲームのティーザーを発表したE3 2014でこれらの試作品を少しだけ見ることができた。

最終的に出来たゲームは、これらに近いものさえないだろう。

開発者によると、Anthemは常時オンラインのマルチプレイヤーゲームとして想定されていたが、必ずしもルートシューターではなく新たな武器のためにミッションを際限なくやり続けるようなゲームだったという。初期バージョンでは街から出発しフレンドと外の世界に出かけ、プレイヤーが生き残ることができる限り活動する、という構想だった。プレイヤーはロボットの外装を着て近接攻撃と射撃でモンスターと戦うことになるが、重要なのは戦利品ではなく"どれだけ生き残れるか"だった。例えば、あるミッションでチームと共に火山の中心部へ赴き、なぜ噴火したのかを調査し、いくらか生物を殺し、自分のやり方で戦うといった具合だ。「それが主な目的でした。」とAnthemの開発者は語った。「チームとして遠征し、チームとして何かを成し遂げ、戻ってきてそれについて話すというものです。」その過程で、プレイヤーはエイリアンの船からパーツやエイリアンを排除し、回収して基地に戻り武器をアップグレードしたり、スーツを強化したりといった風に。

「それは本当に面白かった。」と、ある人が言った。「もともとそれに取り組んでいて、多くの人々とコードを打ちました。」とも。

この開発過程で不明確なままだったのは、これらのアイデアや試作品が実際にどれだけ大規模に機能するかということだった。動的な環境変化と巨大生物はコントロールされた環境ではうまく機能するかもしれないが、Anthemのチームはこれらの機能を何千人もの人々がプレイするオープンワールドゲームで実際に動かすことができただろうか。そしてBiowareが全てのプロジェクトに使っていた"変化しやすい"ビデオゲームエンジンであるフロストバイトは、本当にこれらの機能を全てサポートしているのかどうか?

これらの質問の答えがいつまでも返ってこない事で、Anthemの開発チームは大きな問題に直面した。彼らは2014年8月にリーダーを失った。彼らが自分たちのゲームについて夢を見続け、プロトタイプを作成していたばかりに。最愛のマスエフェクト三部作を監督し、Anthemのクリエイティブディレクターを努めていたケーシ・ハドソンがBiowareを去った。彼らにひとつの手紙を残して。「私たちがエドモントンで作っていた新たなIPの基盤は完成しました。チームは私がインタラクティブ・エンターテインメントを再定義するようなタイトルの試作に進む準備が出来ている。」そして2011年にEAに入社した、元ディズニー社員の比較的新しい人材が、ゲームディレクターの役割を担った。

Biowareのベテラン社員は、ケーシー・ハドソンのマスエフェクトチームを、スタートレックのエンタープライズ号で表すのが好きだった。エンタープライズ号のメンバーは全員、船長の言ったことをした。そしてひとつの目的地を目指していた。(それに対して、ドラゴンエイジのチームは海賊船と呼んでいた。最終目的地にたどり着くまで、ふらふらと様々な港に寄るようだったからだ) だが今となっては、エンタープライズにはもはやジャン=リュック・ピカードはいない。

それでもAnthemの開発チームメンバーは、幸せを維持したと言う。ドラゴンエイジ: インクイジションは2014年末に批評家の称賛を受けるために発売され、開発者の多くはAnthemのチームに移った。そこは高い希望と野心的なアイデアでいっぱいのチームだった。「EAはチームのヘルスレポートを持っていました。」と一人が言った。「Anthemの士気は、EAの中でも最も高いものの一つでした。本当にかなり長い期間、良いものでした。誰もが初期の試作ビルドに多くの可能性を感じました。"潜在的"という言葉はまさにそこにあったのです。」

また、Anthemのチームに移行していなかったBiowareの開発者の一人は、当時マスエフェクト・アンドロメダの技術的な問題のせいで深刻な困難に直面していた。彼は同僚の方がどれだけ優れたプロジェクトにいるかについて話したことを思い出した。そして大きな方向転換が訪れる。彼らはAnthemにそんなことが起こりえないと思っていた。「私たちは培ったものを欠点なくするために、かなりの時間を掛けました。」ゲームに携わっていた他の人はこう言った。「それが士気を高めていた理由だと思います。私たちはこのゲームに何を望むのかを洗練させるために時間をかけていた事を分かっていました。そして今、ただ発進させ、製作しなければなりませんでした。」

「EAはチームのヘルスレポートを持っていました。Anthemの士気は、EAの中でも最も高いものの一つでした。本当にかなり長い期間、良いものでした。誰もが初期の試作ビルドに多くの可能性を感じました。"潜在的"という言葉はまさにそこにあったのです。」―Bioware開発者

では問題だ。彼らはどうやってそれをやったか?開発が進むにつれて、Anthemチームの持つ独自のアイデアのいくつかは、うまくいかないか、実装する為に十分な形になっていなかった事が明らかになった。例えばトラサーバル(ロード等)がそうだ。任務はAnthemの世界で大規模かつシームレスなものになる予定だったが、どのように克服するか?チームは試作品をプレイし、ジャベリンスーツがオープンワールドで垂直方向に動くことができる様々な方法を模索した。長時間山岳や岩棚を登るものになるだろうと考えていたが、うまく実装できなかった。Anthemから何度も削除されて再び追加された初期の飛行システムは、どちらかというとグライダーのようなものだった。Anthemのチームメンバーは、システムを面白いと感じさせるには至らないと言った。トラバースを変更する度にワールドデザインが変更され、新たな移動スタイルに合わせて地形が起伏したり、平らになったりした。

動的で危険な環境や生き物がランダムに発生するエンカウントスタイルを使った実験もあったが、これもスムーズに機能しなかった。「長い時間がかかりました。」と一人の開発者が言った。「このゲームはエンカウント型のシステムに大きく依存していた為、面白くなかったんです。」

ストーリーも大きく変わり始めた。2015年初頭に、ベテランのドラゴンエイジ脚本家、デイビッド・ゲイダーがAnthemチームに加わった。彼の書いたストーリーはチームが過去数年間実験していたアイデアとはかなり異なって見えた。ゲイダーのスタイルは伝統的なBiowareのものだった。古代の異星人の遺物など、もっと繊細なものを望んでいた開発者の何人かは違うものを感じた。「サイファイ的なドラゴンエイジを見たくないメンバーには、多くの抵抗がありました。」と、ある開発者は語る。それに二人目の開発者がこう付け加えた。「多くの人がこう言っていました。"なぜ同じような物語なんですか?違うことをしましょう"と。」

これについてゲイダーに答えを求めると、彼はプロジェクト参加時にAnthemのデザインディレクターであるプレストン・ワタマヌクが「サイエンス・ファンタジー」の方向で推し進めたと電子メールで回答した。「ファンタジーは私の好きな場所なので、私はそれで良かったのですが、チームの他のメンバーが変更に反対している事は最初から明らかでした。」と彼は言った。「おそらく彼らは私のアイデアであると思っていたのでしょう。よく分かりません。ですが彼らは、私や私のチームが行った仕事に対して、"とてもドラゴンエイジだ"と言う事を続けました。Anthemのストーリーに対して何か言いたい人はたくさんいました。ですがそれが何かを本当に明確にすることは無く、Biowareが以前生み出した事とは"違う"ことをしたいという願望だけがはっきりしていました。(これは悪いことですか?) 私にとっては、かなりストレスのたまるものでした。」

「時間が経つにつれ、取り組んでいたゲームをプレイすることに熱意を感じなくなりました。」と彼は私に話した。そしてこれは、Anthemの新たな脚本家とストーリーの白紙化をもたらした。2016年初めにゲイダーがBiowareを去った事で、更に多くの混乱を招く結果となった。「想像できる通り、Bioware用の脚本は全てのゲームの基盤となります。」と、ある開発者が言った。「自分の作っているものに自信が無くなると、多くの部門にあらゆる破壊が生まれるのです。」

BiowareのAnthemのコンセプトアート
画像:エリック・ウォン(ArtStation)

ケーシー・ハドソンがいなくなり、その穴を埋めることができないため、Anthemのチームは当然ながら不安定になった。Anthemの舵を取る仕事は、クリエイティブディレクターチームのゲームディレクター、ジョン・ワーナー、デザインディレクターのプレストン・ワタマヌク、アートディレクターのデレク・ワッツ、アニメーションディレクターのパリッシュ・レイ、そしてAnthemに参加していた他の少数のベテランマスエフェクト開発者を含むグループが引き継いだ。そしてAnthemは再び始めからスタートになった。現在及び以前のBioware社員の中には、このグループに対して大きな憤りを感じ、インタビュー中にAnthemに取り組んでいた多くの人々がリーダシップチームの決断の遅さとマネジメントミスを非難した。「全ての根本的な原因は、視野の狭さでした。」と、あるBioware開発者は語る。「私たちは何を作っているのか?教えて下さいと言いました。何度も再発するテーマは、視野の欠如、明確さの欠如、"これがすべてを一緒に動かす方法だ"と言うひとりのディレクターがいなかったことでした。」

「彼らは何も解決しないようでした。」と彼は付け加えた。「彼らはいつも、もっと何か"新しいこと"を探していました。チームのほとんどの人は、ゲームがどうなるのか、どうなっているのかすら分かっていなかったように感じました。」

現在および以前のBioware社員から私に伝えられた、最も一般的な逸話は次のようなものだ。"開発者のグループが会議中だ。彼らは飛行力学やスカーズのエイリアン種族の背景のような、創造的な決定について議論している。ファンダメンタルズに反対する人もいる。そして誰かが行動起こすことについて決定を下すのではなく、会議は本当に何も決まっていないまま終わり、全ては変化しやすいままになっている" Anthemの開発者は次のように述べている。「誰も要求されたものを作ろうと考える人はいなかったので、実装は1年から2年かかるだろうと思っていました。」

「覚えておいて下さい。」とAnthemの他の開発者は言った。「IP、ジャンル、テクノロジー、スタイル、全てが新しかったんです。」

2015年と2016年を通して、Anthemチームはほぼ何も達成していなかった。彼らはオンラインのインフラストラクチャに苦しんでいた。彼らはミッションがどのように機能するかについてすら考えていなかった。いくつかの環境と生き物を構築した後でさえ、基本的なゲームプレイがどういったものになるか不明瞭なままだった。ストーリーは絶えず変化し、ゲームの開発は低迷した。初期のアイデアでは、最終的にひとつの砦となった複数の都市、最終的にひとつの砦となったプレイヤーによって作成された前哨基地、最終的にひとつの砦となった移動型ストライダー基地があるとされていた。それ以前のアイデアは無くなった。Biowareの元開発者は次のように述べている。「彼らはまだIPの中心的な部分でつまづいていたんです。クラフト素材のエンバーや、テクノロジーがどのように動くのか、などの事です。」また違う開発者はこう述べる。「バックエンドアーキテクチャ全体が、まだ把握されていませんでした。」

同時に、Biowareのスタジオリーダーはマスエフェクト・アンドロメダに多くの集中力を向けなければならなかった。しかしアンドロメダはほぼ全ての社員にとって頭痛の種だった。これは発売日が早まったことが決定的な理由だった。別の言い方をすれば、Anthemはまだ燃え始めのように見えるかもしれないが、マスエフェクト・アンドロメダは既にほとんど燃え尽きていた。

これらの問題をさらに複雑化していたのは、Anthemの開発上層部が決断を下した時、それが実行されるまで数週間から数ヶ月かかることあったという事実だ。「沢山の計画がありました。」と開発者は言った。「しかし決定事項が実行されたのは1年後であり、その頃にはゲームは既に変化していました。」そしてこの遅れについての説明は、一言でまとめることができる。これはEAのスタジオを長年悩ませてきた言葉だ。とりわけ注目すべきはBiowareと、今は無きVisceral Gamesスタジオだろう。

その言葉とは、もちろん “フロストバイト"だ。

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「フロストバイトは研いだカミソリの刃です。」とBiowareの元社員が数週間前に私に言った。ここ数年間エレクトロニック・アーツで働いた何百人ものゲーム開発者の気持ちを要約している。

フロストバイトはビデオゲームエンジン、またはゲームの作成に利用されるテクノロジーだ。EAが所有するスウェーデンのスタジオ、"DICE"がバトルフィールドのようなシューティングゲームを製作するために作ったフロストバイトエンジンは、過去10年にわたってエレクトロニック・アーツのいたるところで普及した。これは元上級管理職のパトリック・セールルンドが全てのスタジオで開発に同じテクノロジーを使ったことによるものだ。(アンリアルのようなサードパーティ製エンジンではなくフロストバイトを使うことで、これらのスタジオは知識を共有し、ライセンス料を大幅に節約することができた) Biowareは2011年にドラゴンエイジ: インクイジションを製作する際、初めてフロストバイトエンジンに移行したが、これは当時のチームにとって大きな障害となった。セーブやロードシステム、3人称カメラなど、開発者が以前のエンジンで当然と考えていた機能の多くはフロストバイトに存在しなかったので、インクイジションチームは全てをゼロから構築する必要があった。マスエフェクト・アンドロメダでも同様の問題に直面した。きっと3回目は魅力的に見えるだろうか?

お分かりの通り、Anthemでも同じ問題に直面した。フロストバイトを使ってBiowareがこれまで一度も開発したことのないオンライン専用アクションゲームを作る挑戦は、Biowareのデザイナー、アーティスト、そしてプログラマーに新たな問題を数多く招いた。Biowareの元社員はこう語る。「フロストバイトはあらゆる問題を抱えた社内エンジンでした。説明書がない、ずさんな設計など、外部から提供されるエンジンの全ての問題を持っていました。」またあるBioware元社員はこう語る。「設計した人間が誰もいないので、なぜそう機能するのか、なぜその機能にそう名付けられているのかなど、わからないのです。」

初期の開発期間中、Anthemチームは当初考えていたアイデアの多くがフロストバイトで実装することが、不可能ではないにしても難しいことに気付いた。エンジンの力で大きく美しいものを構築することはできたが、今まで作った野心的な試作品を全てサポートするためのツールが無かった。ゆっくりとしかし確実に、チームはAnthemのために考察した環境と機能を減らし始めた。

「問題の一部は、実装可能であることを示すためにエンジンをハックすることで十分解決しましたが、実際に解決する為の投資を得るためには、更に長い時間がかかりました。場合によっては、さらなる壁にぶつかることもありました。」Biowareの開発者は次のように述べている。「私たちはいつも後になって気付きます。"オーマイガー、これを実装するには、またイチから作り直さないとダメだが、それでは時間がかかりすぎる。"という感じです。大急ぎでやらなければならいかどうかを知ること自体が難しいこともありました。」

「フロストバイトは研いだカミソリの刃です。」―元Bioware開発者

今でもBioware開発者は、フロストバイトが仕事を飛躍的に困難にしているという。新たなものを同じ水準と技術で構築するのは、低性能なツールが原因となって難しくなることはあるものの、解決するのに数分で終わるようなバグに何日も会話が必要な場合がある。「ちょっとしたバグを修正するのに一週間もかかるなら、バグを修正すること自体を妨げることになります。」とAnthemに携わった開発者は語る。「適切に問題を修正するのではなく、避けられる問題なら極力避けるんです。」他の開発者が付け加えた。「フロストバイトの最大の問題は、基本的な変更でさえ多くのステップを踏む必要があったことでした。他のエンジンを使えば、自分でなんとかすることができました。たぶんデザイナーと一緒に。フロストバイトは非常に複雑なエンジンです。」

「ゲームを作るのは非常に難しい」と3人目のBioware開発者が言った。「常に使用しているツールと格闘しないといけないような状態でゲームを作るのは本当に難しいです。」

初めの頃、Anthemの最高幹部はドラゴンエイジ: インクイジションとアンドロメダのために同社が構築したシステムを全て使うのではなく、ゲームの技術の大部分を始めから作ることを決定した。この決定には、他のチームとは違うものを作っているという見栄が一部にあったのかもしれないが、別の単純な理由があった。Anthemはオンラインゲームだった。他のゲームは違った。Biowareが既にフロストバイトでドラゴンエイジ用に設計したインベントリ管理システムは、オンラインゲームには耐えられない可能性があった。そこでAnthemチームは新たなものを構築する必要があると考えた。一人の開発者は、「プロジェクトが終わりに向かうにつれて私たちは不満を言い始めました。」と語る。「おそらく私たちがドラゴンエイジ: インクイジションで作ったものを使っていれば、もっと進展があったはずです。しかしどちらかというと人材不足について不満を言っていました。」

開発者やAnthemに携わっていた他の人たちによると、人手不足は多くの人がAnthemチームにはよくあることだと感じていたそうだ。これにはいくつか理由があった。ひとつは2016年にFIFAがフロストバイトに移行しなければならなかったことだ。毎年恒例のサッカーフランチャイズは利益の大部分をもたらすEAの最も重要なシリーズだった。そしてBiowareはフロストバイトの経験豊富なプログラマーを持っていたので、エレクトロニック・アーツはそれをFIFAに移行させた。

プロジェクトに参加したある開発者は「本当に多くの才能あるエンジニアが、Anthemに取り組むべき時にFIFAに取り組んでいました。」と述べた。Biowareの本社がエドモントンにあるという現実も重なった。エドモントンは、冬にマイナス20度、悪いときにはマイナス40度にまで下がる場所で、より住みやすい都市にいるスタッフの採用を難しいものにしていた。(ひとつ疑問なこと:フロストバイトのカミソリの話を聞いて、何人のプログラマーが敬遠しただろうか?)

またBiowareのエンジニアが質問したりバグを報告したいと思ったときには、通常EAのフロストバイトチームの中心、つまり本社の全てのスタジオと協力しているサポートスタッフのグループと話さなければならなかった。EAの中では、スタジオがフロストバイトチームのために時間を使うのが当たり前だった。そしてBiowareは戦いに負けた。結局のところ、RPGはFIFAやバトルフロントのようなゲームの収益をわずかに上げただけだった。「EAで得られるフロストバイトのサポートは、スタジオが作ったゲームがどれだけの収益を上げることができるかに基づいています。」と、ある開発者は語った。Biowareの最善を尽くした全ての技術計画は期待通りの支援が得られなかった場合、うまく運ばない可能性があった。

どれほど多くの人々が関わっていても、フロストバイトのやり方はドラゴンエイジ: インクイジションやマスエフェクト・アンドロメダのように、常に一貫している。「私たちはこの巨大な変化し続ける世界を作ろうとしていますが、絶えずフロストバイトと戦っています。なぜなら、思うように作れるよう設計されていないからです。」ある開発者は言った。「ライディングを焼き付けるのに、24時間かかることがあります。レベルを変更する場合は、もう一度焼き付け処理をする必要があります。非常に複雑なプロセスです。」

フロストバイトのカミソリ刃はAnthemのチームに深く食い込んでいたが、出血を止めるのはもはや不可能であることがわかる。

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2016年末まで、Anthemはおよそ4年間、何らかの形でプリプロダクションを続けていた。典型的なビデオーゲーム開発期間の長い沈黙の後、プロジェクトは製作に入った。チームが自ら作っているものについての完全なビジョンを持ち、実際にゲームを構築し始めるプロジェクトポイントだ。Anthemに取り組む開発者の中には、同僚がマスエフェクト・アンドロメダの新たな危機に直面した時ように、問題があることを感じ始めた時があったと言う。それでも、開発上層部からは全てが上手くいく、という言葉が出てきた。Biowareマジックだ。「目の前にあることを忘れ、盲目的に信じ続けるか、全てうまくいくと願う必要があった。」と、そこにいた一人の開発者が言った。「これまでにBiowareで働いた経験のある多くのベテランたちが言うんです。"全ては最後にはうまくいく"と。その盲目的な信仰だけでは足りない人にとっては、本当に大変だったと思います。」

あるBioware開発者は、自分と同僚の何人かの意見が無視されていた為、これらの懸念を取締役に持っていくと言ったそうだ。「経営陣に向かって、"見て下さい。私たちはインクイジションとアンドロメダにあった同じ問題に直面しています。Anthemではデザインやアイデアを考え出せませんでした。プロジェクト進行は本当に遅くなっていて、ゲームの核となる部分は決まっていません。もっと簡単に言いましょうか、また同じことが起きているんです。最後にどうなったか知っているでしょう?これを止めることができますか?"」開発者はこう続けた。「彼らは考えるのを放棄するでしょう。」

何ヶ月もの間、Anthemは当然のようにThe DivisionやDestinyのようなルートシューターゲームからアイデアや仕組みを拾い始めた。(Diablo 3が良い基準となった) ゲームに携わった一部の人々はDestinyと比較しようとするとスタジオの上層部から否定的な反応が出たと言う。「私たちは、はっきりと言われました。"これはDestinyではない。"ってね。」と開発者の一人が言った。「しかし似たようなものです。説明している事はその領域に入り始めています。彼らは相関関係を作りたがりませんでした。しかし同時に、小規模なグループパーティ、銃撃戦、呪文、レイドなどについて話していると、そこには似たような要素がたくさんありました。そしてそれらは関連していたし混ざっていました。」

開発上層部がDestinyについて議論することを望まなかったので、開発者はBungieのルートシューターがどのようにうまくいったのかを学ぶのは難しいと感じた。「Destinyのようなゲームはマーケットリーダーなので、観察する必要があります。」開発者は語った。「彼らはこうしたゲームに最善を尽くしている人々です。私たちは彼らがどのように物事を進めているのかを絶対に観察すべきでした。」確かに、Destinyの開発者は独特で多種多様な銃を生み出した。これはAnthemに不足していると思われるものだ。というのも、Anthemのチームのほとんどの人々がRPGを作っていた事もあり、「十分なものにするためのデザインスキルは、私たちには本当にありませんでした。」と彼らは言う。「そのような多様性のあるものを開発できるようになるための知識が、ただ存在していなかったんです。」

ひとつ、Biowareには古くからの伝統があった。それはチームがクリスマス休暇中に、スタッフ全員が家に持ち帰ることのできるデモを作ることだった。この時点で、Biowareの上層部は"飛行"要素を排除することにした。どうすればそれを気持ちのいいものにできるかを考えるために、クリスマスビルドは平らな地形で作られた。プレイヤーは農場を駆けてエイリアンを撃つことができた。チームの中にはそれをコンセプト検証として成功したと思った人もいたが、Biowareの他の人々には、退屈で平凡だという印象を与えた。

2017年初頭、いくつか重要な事が起きた。3月の初めにマスエフェクト・アンドロメダが大部分を占めていたBiowareのオースティンオフィスが、Anthemの開発に参加させるために開放された。モントリオールのオフィスは静かに閉鎖し、やがて無くなった。Biowareは3社ではなく2社となった。

同じ頃、Biowareの上層部が報告したAnthemのクリスマスデモを、エレクトロニック・アーツのエグゼクティブ・プロディーサーのパトリック・セールルンドがプレイした。何が起きたのか知っている3人の話によると、彼はBiowareに「このゲームは受け入れられない。」と語ったとされる。(セールルンドにコメントを求めたが、回答は得られなかった) 彼は特にグラフィックに失望しており、「これはあなた方がゲームとして私に約束したものではありません。」と言った。それからセールルンドはスウェーデンのストックホルムに飛び、BattlefieldとフロストバイトのスタジオであるDICEで開発者と面会するため、一流のBiowareスタッフグループに招集をかけた。(DICEは後Biowareのストライキチームを招き、フロストバイトの"ねじれ"を解決し、Anthemの見栄えを良くする手助けをした。)

そして新たなビルドを作る時が来た。「初めたのは、パトリック・セールルンドのために特別なデモを行う為でした。6週間をかけた、かなりの土壇場でした。」とチームのメンバーは語っている。Biowareはアートを見直した。なぜならセールルンドを感動させる最善の方法はできるだけ美しく見えるデモを作ることだと知っていたからだった。そしていくつか激しい議論の後、Anthemに飛行機能を再度実装することが決まった。

火山のバイオームは、最終的にAnthemからカットされた。
画像:ドンアルセタ(ArtStation)

何年もの間、Anthemチームは飛行メカニックについて行ったり来たりしていた。何度もカットされ、異なる形で追加されていた。いくつかはグライダーのようなものだったが、しばらくして一つのエグゾスーツクラスだけが飛ぶことができるというものに行き着いた。飛行メカニックは紛れもなくクールだった。巨大なロボットスーツで世界を旅するよりも、アイアンマンになった気分になれる方法は他にあっただろうか?しかし一方で、それは全てを破壊し続けた。よほどの理由がない限り、垂直方向の自由度を実装したオープンワールドゲームはほとんどなかった。アーティストたちはプレイヤーが惑星の境界から飛び出る可能性があったせいで、山や壁を疎かにすることはできなかった。それに加えAnthemの開発チームは、もし飛ぶことができるなら景色を見て回り探索するよりも、むしろゲームの境界をすり抜けてしまうことを危惧した。

リーダーシップチームの最近の判断から言えば飛行システムは完全になくすはずだったが、セールルンドを感動させる必要があった。そしてAnthemを他のゲームと差別化し際立たせることができたのも飛行だけだった。この飛行システムの再実装は、ゲームに携わっていた2人の人物によると週末にかけて行われた。しかしこれがゲームに実装されるのか、セールルンドに見せるためだけに行われているのかは明らかにされなかった。「私たちは “実際にゲームに含まれないのに、それを本当に追加するの?" という感じでした。」と、ある開発者は言った。「彼らは、"そのうち分かる"と言いました。」

2017年春のある日、セールルンドはエドモントンに飛び、Biowareのオフィスを訪ねた。Anthemのチームは完全に彼が納得するであろうアートと飛行を再追加したが、最初のデモの失望と、マスエフェクト・アンドロメダの大きな失敗のおかげで緊張が高まった。セールルンドがデモを再び却下した場合にどうなるかを知る方法は無かった。プロジェクトがキャンセルされるか、Biowareが問題になるのか。

「私たちの品質保証担当者の一人は、何度もそれをプレイしていたので、流れとタイミングを完全につかんでいました。」とその時を知っている一人が言った。「30秒ほどでエグゾスーツがジャンプし、絶壁をグライドしました。」

「その瞬間、彼は振り向いて、"今のはメチャクチャすごい、もう一度それを見せてくれ"と言いました。」と、もうひとりが言った。「彼は本当にそんな感じで、これはまさに私が望んでいたものでした。」

このデモは、Biowareが数週間後に公開した7分間のゲームプレイティーザー映像の基盤となった。土壇場で名前がBeyondからAnthemに変更されたわずか数日後の2017年6月、Biowareのトップであるアーリン・フリンがEAのE3プレスカンファレンスの壇上に上がり、ゲームを発表した。翌日、マイクロソフトのプレスカンファレンスでBiowareの開発者を含むすべての人が、ついにAnthemがどうプレイするゲームなのかをデモで見ることとなった。

それでも世間が知らなかったことは、Anthemがまだ試作段階であったという事だ。進行が遅かったためにデモはほとんど当て推量であったとチームメンバーは語る。実際に発売したAnthemはE3 2017でチームが見せたデモと大きく異なって見える。実際のゲームではフォートタルシスから出る前にミッションを選ぶ必要があるし、ロード画面を通って遠征に行く必要がある。しかしデモではこれらは全てシームレスに行われる。このデモでは、手に入れた戦利品はミッション終了まで待つ必要はなく、拾った時に確認できる。同じように、動的な環境変化、巨大生物、そして最終的には製品版と大きく異なってしまったメカニクスだらけである。

「E3の後、本当にいい気分でした。"そうだ、これは私たちが作っているゲームだ"といった具合に。」Anthemの開発者は言った。「しかしチーム全体をスピードアップさせるには、まだ時間がかかりました。疑問点もまだたくさんあった為油断は禁物でした。デモは実際には正しく構築されていません。E3のデモの多くは偽物でした。"あぁ、私たちは本当にコレをつくっているのか?"と思う部分が沢山ありました。そのための技術は?ツールは?どこまで飛べるの?世界はどれだけ大きくするべき?」

「能力もまだ全て決まっていませんでした。」と、別の開発者は言った。「その時点では何も決まったことはありませんでした。」3人目も言った。「プリプロダクションから出された答えが本当に鮮明なものとは限りません。ただチームの姿勢と彼らがしていることを見て下さい。問題の真実は、基本的なことすらまだ考え出されていなかったという事です。」

E3 2017でBiowareはAnthemが2018年秋に発売されると発表された。しかし舞台裏では、かろうじてひとつのミッションを実装していただけであった。そして物語は悪化の一途を辿る。

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ごく最近まで、熱狂的なファンはBiowareスタジオの様々なチームの悪評を口にしていた。まずAチーム、Bチーム、Cチームがあるとされた。どれがどれなのかについての意見は様々だが、一般的に「Aチーム」はドラゴンエイジとマスエフェクト三部作について責任を持つ、オリジナルのBioware、つまりカナダにあるエドモントンオフィスを指す。数千マイル南東にある「Bチーム」はテキサス州オースティンのスタジオで、スターウォーズ:ザ・オールド・リパブリックという多人数参加型のオンラインRPGを制作するために設立された。(「Cチーム」は基本的に、マスエフェクト・アンドロメダの裏にある不名誉なスタジオ、モントリオールを指していた。)しかしファンは、Biowareの中でさえ何人かの人々が同じように考えていたことには気付かなかった。

「Anthemは自分自身と戦争をしているスタジオから出るゲームです。」あるBioware開発者の一人が言った。「エドモントンは当然ながら、"私たちは本物のBiowareだ"という見方をしています。そのブランドに属さない人々は、少なくともエドモントンオフィスにいる人と同レベルの信頼を得ることができません。私はこれがちょっとした問題だと思います。」

2011年にザ・オールド・リパブリックを発売し、それを育てサポートし続けた後、Biowareオースティンは独自のプロジェクトをいくつか初めた。2014年に発売された4対1のマルチプレイヤーゲーム、Shadow Realmsもその一つだ。また他にも試作段階のゲームがあった。例えば数ヶ月間開発されていた、多人数参加型のオープンワールドスターウォーズサーガだ。(加えて何人かのBiowareオースティンスタッフが、常に可能性を感じて"ぶら下がっていた"という新たなオールド・リパブリックゲームがあった。決して地面に降りることはなかったが。)

画像:sean-obrigewitch(ArtStation)

2014年末までに、これらのプロジェクトは全て中止され、Biowareは「One Bioware」なるイニシアチブを制定した。これは同社の全てのスタジオを連携させるための計画だった。Biowareオースティンのスタッフの多くは、ドラゴンエイジ: インクイジションのダウンロードコンテンツ、そしてマスエフェクト・アンドロメダに移行した。2017年初頭にセールルンドが新たなデモを見せろと要求していた頃、Biowareオースティンの大部分の人々がAnthemのプロジェクトに参加して、映画からストーリーテリングまでほぼ全ての部門を手伝っていた。

エドモントンでのAnthemの視野の欠如は、開発陣が全く内容を理解していないゲームに取り組んでいる事に気付いたオースティンオフィスでいっそう顕著になった。Destinyのようなオンラインルートシューターだったのか?それとも元々RPGだったのか?どのように世界を構築するのか?ミッションはどのようなものにするのか?あるBiowareオースティンの元開発者は次のように述べている。「Anthemが私たちに紹介された時、それがどんなゲームなのか全くはっきりしていませんでした。」

「彼らはまだゲームのビジョンを探していました。」と二人目が続ける。「私はAnthemが何なのかを定義しようとしているスタジオ全体に配られた複数のプレゼンテーションを見ました。Anthemについて私たちが話す時、私たちが思い浮かべるのは X(何もなし)です。私は時間と共に、そのバリエーションの多さを見ました。そしてそれはAnthemのビジョンを見つける事を、どれほど多くの人々が苦労していたか、どれほど勝ち取るために対立があるかを示していました。」

「私たちが苦労したことの一つは、ゲームの概念が分からなかったことです。Anthemが私たちに紹介された時、それがどういうゲームなのか本当にはっきりしませんでした。」―元Bioware開発者

何が起きているのかを把握したとしても、Biowareオースティンのスタッフには、彼らが不機嫌な様子に感じた。オースティンとエドモントンの両方で働いていた開発者たちは、エドモントンがビジョンを思いついて、オースティンがそれを実行する、ということであったと言う。Biowareオースティンの開発者たちは、Biowareエドモントンの上級開発者チームによってフィードバックを却下または無視されるためだけに提供していたことを思い出した。これは既に大規模なオンラインゲームであるスターウォーズ:ザ・オールド・リパブリックを発売し、その間違いから学んだ人々にとっては特にストレスの貯まるものであった。ある開発者は、シングルプレイヤーボックスのゲームに慣れていたエドモントンの開発者グループとオンラインサービスゲームの作り方を知っていたオースティンの開発者グループとの間に、亀裂があったことを説明してくれた。

「エドモントンの私たちは彼らに言いました。"これは機能しないでしょう。見て下さい。あなたがしているこれらのストーリーは、プレイヤーの体験を引き裂くものです。" しかしオースティンの開発者はこう言いました。。"私たちは、既にザ・オールド・リパブリックで全てをやり遂げました。他のプレイヤーがヘッドセットで参加していたら、「よろしく!行こう行こう」となるので、プレイヤーがストーリーミッションを駆け抜けているように感じることが、どのようなものかよく知っています。" というような感じです。私たちはそういった答えが返ってくるのを知っていても、繰り返しフィードバックを送りました。しかし私たち無視されました。」

E3が終わった2017年6月、エドモントンとオースティンのAnthemチームは、少なからず掴むことのできるビジョンに基づき、フルプロダクションへ移行した。ミッションのデザイン、そして世界の構築を始める予定だった。しかしそうはならなかったと開発者たちは言う。「彼らは4年から5年もの間アイデアの土地にいました。そしてもう誰もそこにはいませんでした。"さて、私たちが作るものを決めて、それを作る必要があります"なんてレベルです。」他のメンバーも続ける。「彼らはまだ主要なシステムについてホワイトボードで議論していました。これは問題ありません。ゲーム開発の一部は反復することにあります。しかしそれは、"これはうまくいかない、次へいこう"とはなりませんでした。"これはうまくいかない、最初からやろう"となるんです。」

ストーリーはまだ新しい脚本ディレクターのジェームズ・オーレン(Anthem発売前にBiowareを去った)の元で変化し続けており、ミッション構築、戦利品、エグゾスーツのシステムといった要素が完成しないままだった。ゲームデザインは非常にゆっくり動いていたのだ。その夏、何人かのベテランBioware開発者がスタジオをさり始め、ゲームのリードデザイナーであるコーリー・ガスパルが急逝してしまった事で、チームに大きな穴が開くこととなった。ロードやセーブなどのコア機能はまだゲームに実装すらされていなかったため、テストビルドをプレイすることは困難を極めた。

あるBioware開発者は次のように述べている。「6月、まだ準備段階です。7月、8月、一体何が起きているのですか?」

Anthemの開発上層部と他の何人かのベテラン開発者は、Biowareマジックについて話し続けていた。しかし何かが間違っていることは、多くの人々からしても明らかだった。彼らは2018年秋の発売を公に約束していたが、それは現実的ではなかった。発売元のエレクトロニック・アーツは会社の年度会計の終わりである2019年3月より発売を遅らせる事を許さなかった。生産に入ったのは非常に遅い時期だった。そしてゲームがBiowareの非常に高い品質基準を満たすわけがなく、2019年初頭までに何かを発売することは不可能のように思えた。

何かが必要だった。

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2017年6月29日、Biowareのマーク・ダラフは、今見ると奇妙に思えるツイートを公開した。彼はドラゴンエイジフランチャイズのエグゼクティブプロデューサーであり、現在取り組んでいないゲームのリストを挙げたと言った。マスエフェクト、Anthem、ジェイドエンパイア、A DA タクティカルゲーム、スターウォーズ…。そしてその真意は、ダラフがドラゴンエイジ4を制作してたという事であった。当時これは事実だった。ドラゴンエイジ4のコードネームはJoplinであり、これに取り組んでいた人々は、クリエイティブディレクターのマイク・レイドローのビジョンに興奮していると私に言った。

しかしAnthemは燃え初めており、10月までにBiowareはいくつか大きな変化を加えることにした。その夏、ゼネラルマネージャーのアーリン・フリンが異動し、ケーシー・ハドソンが戻ってきた。このプロセスの一環として、スタジオはJoplinをキャンセルした。レイドローはやがて去り、Biowareはドラゴンエイジ4をMorrisonというコードネームで小さなチームと共に再開した。その間スタジオはドラゴンエイジ4の開発者のほとんどをAnthemへ移した。これはEAが要求する発売日に対応するには、全てのリソースが必要との判断からだった。

マーク・ダラフはその後、Anthemのエグゼクティブプロデューサーになるため、ゲームディレクターのジョン・ワーナーと交代した。彼の役割は非常に重要になった為、Anthemのクレジットで最高の位置に置かれた。

画像:kotaku

Anthemのクレジットの最初の名前は、発売されるわずか16ヶ月前の2017年10月にゲームに携わった人物であることを、開発者たちは述べている。

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もしドラゴンエイジ: インクイジションがそれほど成功していなければ、おそらくBiowareはAnthemの作り方を変えただろう。スタジオの開発上層部がBiowareマジックについてそこまで強いこだわりを持つことは無かったかもしれない。彼らが想像していた"最後には良くなる"というのは、十分な努力と十分な拘束で起きるだろう。しかし究極的には、ドラゴンエイジ: インクイジションのエグゼクティブプロデューサーがAnthemを荒れた海へ出港させることとなった。

2017年秋にマーク・ダラフがプロジェクトに参加した後、彼はAnthemチームを次のひとつの目標に向けて推し進めていった。

「マークのいいところは、彼が全ての人間を悩ませる決定を下す所です。」とBiowareの元開発者は述べている。「それはチームに欠けていたことでした。誰も決断を下すことができなかったんです。パネルで決めていたくらいでした。彼らは決断を迫られると、それから誰かが"しかしこれについてはどうだろう?"と言うまで流れを止め、どうやっても動くことはなかったですから。」

「彼は基本的に、"自分が初めたことを終わらせようとしているんだ"と言っていました。」と2人目の開発者が言った。「まず大変なのは、理解すべきことが沢山あるということです。私たちが作ったゲームを発売する事ができるに構築するためのツールはたくさんありましたが、残された時間が少なかったのです。とても怖かったです。」

この時、開発者はこう付け加えた。「プレイヤーベースのゲームが良い着地点のように感じました。戦闘はマスエフェクトからの強い進化のようだったし、それにアンドロメダは欠陥を抱えていたものの、あらゆるマスエフェクトゲームのなかでも最も優れたシューターだと広く評価されました。飛行システムはAnthemの不滅で偉大な要素だったので、それもまた誇らしい気分になり始めていました。しかしゲームの他の部分は、もっと悪いものになっていました。」開発者は、「レベルデザイン、ストーリー、そして世界を構築することが最も厄介でした。物事はずっと変化し続け、常に再構築しなければならなかったからです。」と語っている。

2018年の初めまでに、別の元開発者の"回想"によりAnthemの進歩は非常に遅いものだった。彼らはただひとつのミッションを実装しただけだった。戦利品のルールやジャベリンのパワーなど、ハイレベルデザインの大部分が未完成だった。そしてストーリーは依然として非常に流動的で変化していた。「彼らは6年の開発機関について多くの事を話していますが、実際の中核となるゲームプレイのループ、ストーリー、そして全てのミッションは、この12~16ヶ月以内に行われました。」と開発者は言う。

この最期の開発年は、Anthemが具体化し始めた時であり、Biowareの歴史の中で最もストレスの多い1年になった。スタジオには常にプレッシャーがあった。失われた時間を埋め合わせるためだけに多くのチームが夜遅くと週末を潰さなければならなかったからだ。エグゼクティブのサマンサ・リャンがモントリオールのEA Motive Studioのような外部スタジオの開発者を含む、あらゆるデベロッパーからチームを集めてゲームを完成させたため、EAからのプレッシャーはかなり強いものであった。Division2が発表され、Destiny2が改善を続け、Warframeのような他のルートシューターがクオリティを高めていったことで、競争相手からのプレッシャーも加わった。

その間、ゲーム業界は変化を続けていた。エレクトロニック・アーツは定期的に更新される「サービスとしてのゲーム」に全面参加していたが、サンフランシスコではVisceral Gamesを閉鎖し、モントリオールの野心的なEA Motive Studioは深刻な問題に直面していた。スターウォーズ・バトルフロントⅡのペイ・トゥ・ウィンの大失敗は、EA幹部が全てのゲームに長期的な収益化を要求し続けていたとしても、あらゆるエレクトロニック・アーツ製品に対する嫌悪感の再熱とデベロッパー全体のルートボックスに対する意識リセットをもたらす結果となった。それにはAnthemを含まれていた。EAはたった1度のプレイの後にGameStopへ簡単に売れるような、一本道のゲームに対して嫌悪感を抱いていることは公に知られていることだ。

そしてAnthemは完成する必要があった。ドラゴンエイジ4を再始動し、Biowareのほぼ全スタッフをAnthemに投入したことでスタジオは大きく縮小した。新たなリーダーシップのもと、何かを切って捨ててもゲームを発売しなければならなかった。試作品には、アイデアや楽しさを見つけるための時間はもう残されていなかった。

ある開発者は、「結局のところ、かなりストレスの多い時間を過ごし、多くの人々がトンネルビジョン(自分の考え以外を考慮しない姿勢)を開発したと思います。」と述べた。「彼らは自分たちのことを終わらせなければならず、時間がなかったのです。」開発者は付け加えて言った。これはAnthemの重大な欠陥のひとつだ。たとえば初期のパッチが適用されるまで、PCでさえ2分以上かかるロードを持っていた。あまりに長いロード時間について少し掘り下げてみよう。「もちろん、ロードが遅い事が問題になることは分かっていました。」と開発者は言う。「ですが、私たちにはスケジュールが全て決まっていました。実際、何百日もスケジュールされた作業が予定されていたのです。なのでロードに対処する予定はありませんでした。」

2018年の間、Anthemは絶えず変化していた。その年に公に議論された機能でさえも、ゲームに取り込むことは無かった。2018年7月にGame InformerのAnthemの特集記事で取り上げられた、プレイヤーが独自のパイロットを構築するスキルツリーシステムもそうだ。例えば、ジャベリンのスラスターは使いづつけるとオーバーヒートするが、特定のパイロットスキルを振ることで空中に留まっていられる時間を増やすことが出来る、といったものだ。

「これがどれくらい正しいものかわかりません。」と、あるBioware開発者は言った。「それをプレイできませんでした。何もありませんでした。この期間は、ちょうどクレイジーな最期のラッシュ作業中でした。難しいのは、ゲームが無いのにどうやって決断を下すのか?ということです。遊ぶものは何もありません。そうですね、自分自身に質問し続けるつもりです。」

ビデオゲームが発売直前に大まかな形としてなるのは珍しいことではない。The Last of Usのような歴史上最高のビデオゲームの中には、ギリギリの開発サイクルから生まれたものもあり、スタッフの多くは、全てがギリギリで合体するまでねじ込んでいたように感じたそうだ。とはいえ、Anthemについては何かが違うだろう。あまりにも多くの失敗がある。あまりにも多くの野心的なアイデアが実現されなかった。開発者は、「一つだけ問題が起きたら、その問題には対処できると思います。」と述べる。

また、Anthemのディレクターはひとつの使命を下した。それはマスエフェクト・アンドロメダのギクシャクしたフェイシャルアニメーションに対する反応を、「忘れさせる」ということだった。Anthemのチームは、キャラクターが恥ずかしいGIFに変換されたり、Redditのいたるとこに埋め込まれないようにするためにハイエンドのパフォーマンスキャプチャを使用した。ゲームのストーリーの大部分は、中心都市フォート・タルシスの一人称視点から垣間見ることとなる。そのためプレイヤーは多くのキャラクターの顔を見つめることに時間を費やす。幸い、キャラクターの見栄えは良かった。

パフォーマンスキャプチャ、または"pcap"は確かに美しいアニメーションを生み出したが、それにはかなりのコストがかかった。パフォーマンスキャプチャの予約は非常に高価だったこともあり、リソースを得るためにたった1ショットしか許されなかった事も多かった。そしてAnthemのデザインが急速に変化していた時にこの提案は困難なもので、時々チームはコロコロ変わるゲームデザインの結果として、意味のないシーンさえ記録したこともあった。「これらのパフォーマンスキャプチャのシーンは、ちょっとした会話、ちょっとした瞬間にあります。これらについて立ち止まって考えても意味はありません。」ある開発者が言った。「これらが意味をなさない理由は、ゲームプレイの一部を変更したためです。しかしパフォーマンスキャプチャを変更することは不可能でした。」

例えば、反抗的なセンチネル・ダックスが含まれるミッションは、ゲーム内で決してプレイできない。彼女のジャベリンの破壊についての数行のダイアログがあるだけだ。説明は簡単だと開発者は言う。彼らがダイアログを録音した後にミッションが変更され、それを再録音する時間も予算もなかった。「彼らは、"それを破壊するつもりはない"と言っていました。」開発者は言った。「待って下さい、それではダイアログが意味を成さないものになってしまう。」

熱狂的なファンは、他の登場人物が同じ部屋にいるにも関わらず、存在しないかのような話し方をする一貫しない奇妙なダイアログを見つけた。「これは私たちを襲った非常に強烈な問題の例です。」別の開発者が言う。「何故これを変えられなかったか?誰もが望んでいたわけじゃないんです。私たちがこれらの大きなアセットを設定するとき、よくスタックしていたからなんです。」

ゲームに関する決定が急速に行われ、やるべきことが沢山残っていたことで、ゲーム全体を把握するのにAnthem開発者は苦労したという。ミッションが全て出来上がっていないのに、そこから離れて40、60、または80時間もAnthemをプレイし、何か感触を掴むのは困難だった。ゲーム全てをプレイできないのに、戦利品のドロップ率のバランスがとれているかどうかなど、どうすれば分かるだろうか。ストーリーが完成していないのに、ゲームが単調かリプレイ性が高いかどうかなど、どうやって評価できるだろう?

加えて、ビルドはとても不安定になる可能性があり、バグをテストするためにサーバーにログインすることすら困難だったという。「サーバーに問題があったため、何もできなかった一週間がありました。」と、ゲームに携わっていたひとりの人物が言った。もうひとりは、ステージをオフラインでテストして承認しなければならなかったと語る。これは4人でプレイすることを想定したミッションにとって、かなり奇妙な判断だった。

Anthemが出荷されるほんの2、3ヶ月前、物事の決定はまだぐらついて見直されていた。例えばある時、開発上層部はゲーム内に自分の装備を披露する場所が無いことに気付いた。これは長期的な収益化をすべて見た目アイテムに頼っているゲームでは致命的な問題だった。自分のロボットスーツのカスタマイズにお金を使っても、誰がそれを見てくれるのだろうか?ゲームの都市であるフォートタルシスは、ストーリー中がどれだけ進展したかを各プレイヤーごとに変える必要があったため、個人用にインスタンス化されていた。そこでチームはモントリオールにあるEA Motive Studioに持っていき、出撃ハンガーの開発をした。これはゲームの最期の最期で実装され、多人に装備を見せることができる施設だった。

「サーバーに問題があったため、何もできなかった一週間がありました。」―Bioware開発者

エドモントンに戻ってからも厳しい状況が続いた。だがBioware社員は、開発上層部が全て大丈夫だろうと自分たちに保証したと言う。Biowareマジックは実現すると。そしてその通りにゲームは良くなっていった。あるBioware開発者は、ここ数ヶ月の間に飛躍的に改善されたと強調した。しかし製作のストレスは深刻な問題をもたらした。「私はアンドロメダが終わるまで、"ストレス休暇"について知りませんでした。」と、あるBioware開発者は言い、Biowareの従業員が精神的健康のために、数週間あるいは数ヶ月休むことになるものだと節目した。Anthem開発者によると、状況はもっと悪くなっていったという。「私はみんながストレスを感じているからといって、休暇をとる必要があるということは聞いたことがありません。しかし、この手の問題は山火事のようにチーム全体へ広がっていきました。」

この問題は、Anthem開発チームの人手不足に繋がった。これはゲームのクレジットを見るとひと目で分かる。2017年と2018年の間に去った多くの名前があるからだ。「人々は急いで去っていきました。」別の開発者が言った。「どれだけの人が去っていったのか、本当にショッキングでした。」

「私たちは大物について聞いていました。」とひとりの開発者が言った。「ライターのドリュー・カルピシンが去る時、大きな波を巻き起こしました。多くの人が、Biowareを去った人の中に本当に才能のあるゲームデザイナーがたくさんいたことに気付いていません。プレイする人たちはこれらの人々が誰なのかさえ知りません。」新たなゲームを作ることを発表したBiowareの元トップ、アーリン・フリンがImprobable Studioに移ったように、十数名以上が他の都市へ異動した。これにはアートおよびアニメーションディレクターのネイル・トンプソン、テクニカルディレクターのジャックス・ルブラン、そしてリードデザイナーのクリス・ショーンバーグなど、元上層部スタッフの多くが含まれていた。

2018年の終わりまでにAnthemに留まっていた人々は、もう数ヶ月だけ時間があればと望んでいた。ダラフと制作メンバーには大きな勢いがあったが、ファンに期待されるほどのコンテンツがないことは明らかだった。彼らはキャンペーンを長引かせるための人工的な解決策をいくつか思いついた。メインストーリーを終わらせるために必要な"霊廟チャレンジ"と呼ばれる退屈なパートもその一つだった。ゲームのワールド中に点在する墓に入るために厄介なクエストを完了しなければならかった。(2人のBioware開発者によると、元々このミッションは、プレイヤーがそれを完了させるまで何日も待たなければならないような時間要素を含んでいたという。幸いにも、彼らは発売前にこれを変更した。これは確実にプレイヤーの遊びを抑制するものだった。)

Anthemは既に7年近く開発が続いており、EAの財政目標から逃げることはできなかった。彼らはEAの会計年度内、つまり2019年3月までに開発を終わらせることを約束していた。ゲームは2月に発売されるだろう。彼らが数ヶ月の猶予を望んだとしても、それは選択肢に無かった。「結局、私たちは時間切れを迎えました。」と、ある開発者が言った。

Biowareの従業員が楽観的な理由がひとつあるとすれば、以前のスタジオが作っていたゲームと異なり、Anthemには進化の余地があったという事実によるものだろう。初期のモックレビュー(外部コンサルタントにより提供される重要な評価)は、Anthemのメタスコアが70以上になることを予測していた。Biowareのゲームの中では低い方だったが、会社の経営陣にとってはそれほど問題ではなかった。会議中に従業員がこれらのモックレビューの後、最期の最期に輝き、さらにスコアを伸ばすだろうと語った。発売から数ヶ月後には、なにか特別なものを手に入れるかもしれないと。

「彼らは、ライブサービスを強く信じていました。」と、ある開発者は言う。「問題が起きても、"これはライブサービスだ"と言うんです。私たちはこれから何年もかけてサポートするから、あとで修正すると。」

モックレビューは非常に甘かったことがわかる。Anthemが発売された時点で、70以上と予想していたBiowareの上層部はMetacriticに殺されただろう。

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2019年2月15日、AnthemはEAのプレミアムアーリーアクセスサービスを開始したが、プレイヤーとレビュアーがゲームの欠点を見つけ始めた事でダムは決壊した。ロードが長すぎ、戦利品システムのバランスがおかしい、そしてミッションは中身がなく退屈な繰り返しだった。多くのプレイヤーはコアなゲームプレイ、シューティング、飛行、ジャベリンアビリティを評価したが、それ以外はまるで不十分だった。実のところ、この2月15日のビルドは数週間も前のものだった。これはBiowareにとって壊滅的な失敗であり、他で受け取るものよりはるかに否定的なレビューに繋がる可能性があった。数日後のパッチで、音の消失や遅いロードなどレビューで強調されていたバグの一部が修正されたものの、既に手遅れだった。メタスコアが落ち着いた頃には55まで下がっていた。

「Anthemが発売されたら何が起きるのか、私たちは分かりませんでした。」とある開発者が言った。「発売されるゲームにこれだけ多くの問題があることを知っていれば、"あぁ、後で直せるから今すぐやらなくても大丈夫だ"とはなりません。そういう事ではありませんでした。これが欠陥なのか、それとも壊れているのか、という確信は誰にもありませんでした。"私たちはこのゲームに何かがあり、それはかなりいいものだと思う"そう信じていたのです。」

私と話をしている間、多くの元Bioware開発者たちはプレイヤーとレビュアーから指摘された特定の問題について、自分たちも同様に2017年と2018年を通して上層部へ伝えたと言った。もちろん後から言うのは簡単だが、開発者にとっても共通のテーマだった。「レビューを読むことは、私たちがシニアリーダーシップに持っていった"懸念リスト"を読むことに似ています。」とAnthem関係者は言った。いくつかのケースについてはおそらく問題を解決する時間がなかったのだろうが、Bioware元開発者たちはゲームが発売される数年前からより大きな問題提起をしていたと述べた。

一例として、2人の開発者がNPCとの会話を取り上げた。Anthemのストーリーの大部分はミッション中やフォートタルシスでの会話、ラジオによって伝えられるが、それでもゲームは他のプレイヤーとチームを組むことを強く推奨していた。オンラインゲームをプレイしたことがある人なら誰でも分かるように、多人と遊ぶ時にNPCとの会話に耳を傾けることは非常に難しい。他のプレイヤーはNPCとの会話中に喋ることもあるし、次のミッションのためにプレイヤーを急かすこともある。現在および以前のBioware従業員は、このことを上層部へ伝えても無視されるだけだったと言う。Anthemの開発者たちは、長く飛ぶ事を妨げるオーバーヒートのようなものに対する不満も予想していたと言う。そしてまた、フォートタルシスの会話選択肢の多くが完成しなかったという事実もある。

発売から数週間経った頃、Biowareオースティンオフィスが予定通りにライブサービスを引継ぎ、Biowareエドモントンのスタッフは徐々にドラゴンエイジ4のような新しいプロジェクトに移行し始めた。Anthemはもう2、3ヶ月プレイヤーの忍耐をもらうことで、Diablo3からDestinyまでの多くのゲームと同じ"復活のストーリー"を持つことになるだろう。

それでもBiowareの制作姿勢については疑問が残る。ここ数年でBiowareを辞めた人の多くは、同スタジオのゲーム開発への姿勢についてのを共有していた。Biowareの魂が奪われ、「Biowareマジック」への信仰があまりにも多くの人々を焼き尽くしてしまったのではないかという心配が広くつきまとう。あまりにも多くの優秀なベテランがまだ残っているのだ。「スタジオは運営方針について変える必要があります。」と元開発者は語る。「学ぶべき教訓があります。そして彼らが学ぶであろう唯一の方法は、これが公になることです。」

「Anthemは、ゲームの開発方法を大きく変える必要がある事をBioware上層部に気付かせるために必要だったのではないかと考えています。」―元Bioware開発者

Biowareで既に決まっている大きな変化のひとつは、新たなテクノロジー戦略だ。まだスタジオに所属している開発者たちは、ケーシー・ハドソンの元では、最初からやり直すのではなく、Anthemのコードを基盤として次のドラゴンエイジが構築されていると言っていう。

「Anthemは、ゲームの開発方法を大きく変える必要がある事をBioware上層部に気付かせるために必要だったのではないかと考えています。」と元従業員の一人は言った。「ただ新鮮さを頼りに初め、楽しみが見つかるまで手探りで進むというやり方はもうできません。もうその方法ではうまくいかないのです。」

おそらくAnthemは、いつか素晴らしいゲームに変わるだろう。それに取り組んだ少数の人々は、将来は明るいだろうと言っている。「私たちの多くは、壁に向かって叫んでいました。」オースティンの開発者は次のように述べている。「時間が経つにつれ、"オーケー、私たちが引き継いだら、それを修正しよう"という考えが生まれていきました。もちろんゲームにはあらゆる問題があるし、私たちはそれを理解しています。しかし同時に、"修正するやる気"に大きく繋がるのです。」

6年半の開発サイクルから生まれたゲームは、Anthemの戦利品ドロップ率やロード時間と同じくらい修正が難しい困難で複雑なものが重なった結果である。Anthemチームが2012年に開発を初めた時、彼らはビデオゲーム界の"ボブ・ディラン"を作ることを望んでいた。彼らの目標は達成したかもしれない。そして彼らが期待していた方法と、全く異なるというわけでもないだろう。

更新(11:30):この記事の公開から数分後、EAとBiowareは明らかな反応記事をブログに投稿した。記事を公開する前にこれを読む機会がなかったので、この記事の内容について箇条書きでまとめた要約を送付した。かなり奇妙な反応を起こしたようだ。

その記事では、この記事に焦点を当てていることを前提に、記事に対するコメントを断った理由について説明している。「記事にコメントしたり関わることを選ばなかったのは、全く新たなアイデアをファンにもたらすために最善を尽くした、特定のチームメンバーやリーダーに不当な描写があると感じたためです。私たちは、彼ら個人の評価を下げることの一部にはなりたくありませんでした。」

私たちの記事は、Biowareの何人かのベテランを取り上げている。ゲームの開発中にBiowareの様々なリーダーの役割について訪ねた。しかし読者は、私たちの記事が想定するBiowareの姿が正しいかどうかを自分で判断することができる。私たちはそうは思わない。

「ビデオゲームを作ることの苦悩と挑戦は非常に現実的です。」と彼らの記事は言う。「しかし、私たちが作ったものをプレイヤーの手に渡せば、その対価は驚くべきものになります。この業界はなにか楽しいものを作ることに多くの情熱とエネルギーを注いでします。私たちはお互いを破壊したり、多人の仕事を壊すことに価値があるとは考えていません。そのような記事が私たちの業界を発展させ、より良いものにするとは信じていません。」

私たちは質問をし、何か見つけたものを伝えることを信じている。将来的には、EAとBiowareがそのプロセスに価値を見出すことを願っている。

引用:How BioWare’s Anthem Went Wrong -Kotaku